203高地

「妻をめとらば曽野綾子」

「妻をめとらば曽野綾子」・三浦朱門が言った言葉ですが、なんと素晴らしい言葉でしょうか。・「〇〇ならば203高地」そんな風に言われてみたいです。・でも、そんな風に言ってもらえる要素が果たして自分にあるのか否か。人生の試験、であるかの如...全文

質問と尋問の違いを

質問をするのと尋問をするのとは、まったく違うことです。・又、同じ質問ではあっても、知識を問う質問と、意見や考え方を問う質問とでは、これまた別の性格のものです。・質問というのは、本来は後者であるはずです。・この違いを、ついつい忘れて...全文

かくすれば・・・・

かくすれば、かくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂・これだ。これが男の心意気だ。・それは激しい行動ばかりとは限らない。ひたすら孤高の思索を貫くのもそうだ。・吉田松陰の面影と思想と行動を偲びつつ、自分が自分であることを貫く意思...全文

心が揺さぶられる名前に

その名に触れると、心が揺さぶれるような名前。・敬愛の念での感動。感謝の想いの敬愛。憧れと羨望の情感。恋しさ故の涙の情。等々。・誰かにそんな風に思われる様になりたい。誰かにそんな風に思われたい。・その為には、君子に近づかねば。・...全文

域に達するべく

聖人の域は言うまでもなく、 君子の域でさえ達しがたい。・されどその意識なくば尚更困難。 いや到底困難。・結果はともあれ、 その域に達するべくの努力こそが、人生の歩みではないのか。・志す意識のありなしは、 当然のことながら、 帰結に影響...全文

「老い」を止めるには

人生の晩期を意識することは、何を意味するのか。・老いたままなのか。老いの現実を、強靭な精神で克服するのか。・それには、自己研鑽が欠かせない。特に、知的向上の追及である。・永遠の命と思っての自己育成。役に立つと信じての知的な勉学。そ...全文

『老計』

安岡正篤が説く人生の五計。・その一つの老計は、 如何に老いていくかということだ。・肉体的に年々老いることは止められない。しかし、精神的には、 自己の意識と意志で止めることが出来る。・自己研鑽を怠らないこと。若さの維持を意識すること。...全文

「無欲」とは

「無欲」という言葉は、・でも、それならば、 死んでしまうのが一番手っ取り早い。・我々の精神が向上の一路を精進する状態、つまらぬことに気を散らさない状態、それを、無心無欲というのだ。・何も欲しないということではなく、目標に向かってま...全文

言葉の集まりが

単独では無機質な言葉の集まりが、有機的な調べを奏でる。・順番、組み合わせ、文字、文体への苦悩の産物が、心情をあらわにする。・文章の値打ちは、書き手の満足感にはよらない。読み手への伝達の度合いによる。・それにしても、 自己の語彙の限...全文

まめまめしいとは

第何弾かの「知りませんでした」シリーズですが、「まめまめしい」という言葉があります。・「こまめに熱心であること」、がその大意であると思っていました。 「豆々しい」と書くのだと思っていました。・違っていました。「忠実忠実しい」と漢字...全文
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